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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

スマートフォン 

2014/10/17
Fri. 06:17



昔、仲の良かった人と遭遇した。すこし俯いた姿がなつかしかった。
信号待ちの銀座四丁目交差点。僕は三越側に、彼女は和光側で多くの人たちの先頭にいて、持っているスマートフォンを指先で操作している。そのスマートフォンは、僕から長いあいだ失なわれたままになっている肉体の欠片のように思えた。

「メラニー・ロランと生年月日が一緒なの」と彼女は言った。
「ああそうなんだ、まったくピンとこないけど良かったじゃん」
彼女はむすっとして読んでいた雑誌に目を戻す。


僕はいまだにメラニー・ロランがどんな人なのかあまり知らない。


信号が青になったら彼女は顔を上げるだろう。そのとき、僕に気づくだろうか。
このまま横断歩道を渡り始めたら、ぎりぎりですれ違うくらいのラインにいる。
もし気づいたとして、僕はどんな顔で彼女に相対し、また彼女は彼女で僕にどんな表情を向けるだろう。
ラインを変更するべきか、このまま進むべきか。
めんどくさいなあという思いもあったが、興味も少なからずあった。

信号が変わる。



IMGP5210.jpg



毅然と前を向き歩き出した彼女はほどなくして僕に気づく。
息を飲んだように目を開いて、歩む速度が一瞬遅くなる。
僕は悪いことをして見つかった子供のような顔で彼女に近づく。彼女もそんな表情で歩いてくる。
横断歩道の真ん中で、1メートルくらいの距離をおいて、僕らはほんのわずかな時間、言葉を交わす。

別れ際、彼女はスマートフォンを持った手を胸の前で小さく振って去って行った。



 

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