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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

窓からの眺め 

2014/12/23
Tue. 05:57



ある年の冬のことだ。鍋をするから、と友人の家に招かれたのだった。
その日は朝から体調があまり良くなくて、薬効を頼りに仕事を終え、更なる薬効を頼りとして友人の家へ向かった。
高層マンションのずいぶん上の方にある友人宅の窓からは、林立するマンション群と、その奥にひろがる東京湾が見わたせた。
道を挟んだ隣には同じようなマンションが建っていて、同じような部屋たちが、すれ違うゴンドラのように、もう、すぐ傍に見えるのだ。窓全体をカーテンやブラインドが覆い、内を窺い知ることが不可能な部屋もあったが、多くは、間接灯に上品に照らされたモデルルームのような部屋を惜しみなく見せていた。これだけ私生活をオープンにしている人たちがいるという事実に僕は少なからず驚いた。まあたしかに、ある程度のプライバシーは犠牲にしてでも眺めをとる気持ちは解る。これに基づいた高階層居住者同士が共有する無言的不可侵条約があるに違いない。あるいは奇妙な連帯感のようなものが。

集まりが遅かったので、日付はすでに変わっていた。
アルコールと、持ち寄りのちょっとした前菜でみんなだいぶできあがっていて、そろそろ鍋にしようということになった。
「ネギが無い!」というホストの声がキッチンからあがる。
「あれっ、無い?、ごめん忘れたかも!」買い物係がキッチンに走る。
「ネギなんていいよ」「いいよいいよあるもので」できあがった人たちがソファの上で無責任に言い放つ。
幹線道路を自転車で5分ほど走ったところに24時間スーパーがあった。
「いいよ、買ってくるよ」と僕は言った。風邪薬を服用していてアルコールが摂れず、できあがっていないのは僕だけだ。
「いい、だいじょうぶ、ネギなしのネギ鍋にする」という言葉を背に、僕は財布と自転車の鍵を持って部屋を出た。


IMGP1075.jpg


3本が一束になったネギはつやつやと瑞々しく重かった。家の近所のスーパーなら、この時間帯、かぴかぴになったものしかないだろう。レジ袋を断り、備え付けのビニール袋をネギに幾重にも巻いて、ネギらしさを消した。寒空の下、裸で運んだらネギが可哀想だ。

ネギを持って自転車で走っていると、後ろから、短いサイレンと「前の自転車とまってください」が聴こえた。いつのまにか背後をパトカーにとられていたらしい。
素直に応じると、警官がふたり降りてきた。僕の顔を見て、少しほっとしたような表情に変わったが、ネギが気になるようだった。
「その手に持っている物はなんですか」と年配の警官が訊いた。
「ネギです」と僕は言った。
ふたりが眼を凝らしてビニールに包まれたネギを視る。
「ネギのようですね」と若い警官が言う。
僕は、「ブラックレイン」の松田優作が、刀ではなくネギを持ってバイクに跨がっていたら、あの映画もまた違った結末になったかもしれないな、と思った。
「これから鍋にするんです。ネギ鍋だそうです」と僕はふたりの警官に言った。
「おいしそうですね、ネギ鍋」
年配の警官が言って、僕たちはそれぞれのネギ鍋を頭に浮かべ少しのあいだ笑った。
「ご協力ありがとうございました、お気をつけて」とパトカーは去って行った。
これから帰るマンションの方を見上げる。明かりのついた窓も明かりのついていない窓も、僕の身にふりかかったこの出来事を興味の無い眼で静かに観ている気がした。


 
 

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