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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

声の振動 

2015/02/04
Wed. 02:32



携帯電話が鳴った。
僕はソファの上で計画的ではなかった微睡みの最中で、何かのアラームが鳴っているのか、電話が鳴っているのか、はじめはよくわからなかった。
ディスプレイには知らない番号が表示されていた。いつもなら出ないで済ませるのだが、頭がぼんやりしていたこともあって、つい通話ボタンを押してしまったのだった。

「番号、変えてなかったんだ」
誰だよ、と一瞬訝しんだが、聞き覚えのある音声で、誰なのか気がついてほしいという空気もその周囲に漂っていた。
Kか。と訊くと、「ぷすん」とちっちゃなおもちゃの機械が動作を停止したような音をたてて肯定した。

番号が変わっていたらどうするつもりだったのよ。
「それならそれでいいかって」
電話の向こうから流れてくる声の振動は、携帯を握る手のひらと耳元を熱くした。
スマートフォンとは別に、骨董品と化した何年も前の携帯を変えずに持っているのは、もしかしたらこの電話を待っていたからなのかもしれないと思った。いやいやそんなことはない絶対にそんなことないから、とすぐに頭を振った。
一気に目の覚めた僕は、電話片手に熱い紅茶をポットで淹れ、カップに注いで、もらったイチゴのコンポートのようなジャムをとろんと流し込んだ。


R0021572.jpg


声の主が長年暮らしたスコットランドの片田舎の話はなかなか興味深いものだった。
けっきょくのところ、自然によってすべては左右され育まれる。人々の気質も土地の料理も、産業も文化も。
僕はあれからの日本の趨勢などを話そうとしたが、そんなことはネットで、いまどき誰でも世界中のどこにいても簡単に即座に知ることができるのだ。わざわざ僕が語るまでもない。語る力もないのだけれど。

たぶんというか、かなり高い確率でまた向こうに戻ると思う。
「そうなんだ」と僕は言った。「日本とは事情が違うのかもしれないけどうまくいくといいな」
ぷすん、と音がした。

電話を切って、ポットに残った紅茶を飲み干した。
テレビの電源を入れると、鶴瓶が日本のどこかの田舎を訪ねている番組をやっていて、なんだか知らないけれど僕は泣きそうになっていた。


 


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