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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

卯の花月のころ(6) 

2015/05/07
Thu. 02:57



見事なサシの入った、レアで焼いてもらったシャトーブリアンは、僕がいままでに食べた牛肉の勢力図を大きく変えてしまうほどの衝撃だった。柔らかくとろける繊維に絡んだ脂をゆっくりと味わいながら、この極上の肉をあの人にもこの人にも食べさせてあげたいと思った。老若男女問わず。こういうとき、スペシャルな人がいれば、一人を思い出すだけで済んで楽なのにと思う。
そういえば、「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う」という本を書店の平積みで見かけたとき、そのタイトルに違和感を覚えたことがある。本気の恋であるのなら、試着室はおろか日常生活のすべてのシーンでその恋の相手が頭に浮かぶのではないのだろうか。呪術的なもの以外、服飾なんて着飾って相手に見せることを最重要項目としているだろうし、逆にそんな試着室でしか思い出さないような人はセカンドやサードの人なのではないのだろうか。ついでにあの人にも見せてあげようかしら、なんていう位置の人。でもこれは男の考えなのだろうな。女性の視線はまず自分に向かっているのだろうな。自分が自分に魅かれることが最重要課題なんだろうな。そうだな。きっとそうだな。間違いなくそうだな。



IMGP1633.jpg



そろそろかも、と料理長が時計を指した。
両親の乗る新幹線の時間が迫っていた。

支払いを済ませ、クロークで傘を受けとり、両親と、持ち場を離れて見送りに来てくれた料理長とエレベーターを待つ。靴もパンツもだいぶ乾き、膝下のまとわりつきも靴下のいやな感じもほとんど無くなっていた。
僕は今日のお礼を言い、ずいぶん貫禄のついた料理長と握手する。
家族4人が揃うのは本当に久しぶりのことだった。両親も終始笑顔で、無理してでも来て良かった、と素直に思えた。
エレベーターの扉が開いた。
僕と両親は中に乗り込み、弟に手を振って扉が閉まるのを待った。


 

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