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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

橋を送る 

2017/02/04
Sat. 14:09




Mのことを書こうと思う。


Mは、橋が落ちていくのを何度か目にしたことがあった。


IMGP2720.jpg


橋の崩落に先立ってきまって鳴る、奇妙な音があった。
よく耳を澄ましていないと聴きとれないくらいの微かな音であったが、Mにはそれがわかった。
そしてそれはどんなに遠く離れた橋からのものであってもMの耳に届いたのだった。
Mにとってその音は気持ちの底をざわつかせる不穏なものであったのにも関わらず、その音が聴こえるといてもたってもいられなくなり、細い糸を手繰るようにして音の鳴る橋に向かった。
橋の袂に着くと、まるでMを待っていたかのように橋は崩れ始めた。
ある橋は対岸に近い橋脚が折れ、ある橋はMのすぐ側の橋脚から崩れていった。
橋脚を失った橋は、全壊するのにそれほど時間を必要としなかった。
Mは、自分の役目は橋の最期に立ち会うことなのだとでもいったように、かたちを失っていく橋を静かに見守った。
あたりがしんと静まると、Mはその場を後にした。
家に帰ったMは、橋全体の外容を思い出そうとするが、どうしても思い出せなかった。
橋桁などはすっかり記憶から抜け落ちていた。
ただ、橋脚の姿、本数と、たしかに自分は橋の最期を見送ったのだ、という記憶だけが残っていた。


 

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