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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

そら豆の季節 

2018/05/27
Sun. 03:36



スーパーでそら豆を手に入れた。
そら豆の季節になると思い出すことがある。


川は澄んだ水がゆるやかに流れていた。
川原と呼ぶのがふさわしい大小の石が一面に敷き詰められたこちら側と違い、対岸は密林と言ってもいいほど草木が茂り、初夏特有の緑がさわさわと風に揺れていた。
綿密に計算して組まれた竃の上では、カレー用の大鍋と特大飯盒が盛大に湯気を立ち上らせていた。

その人は、徳島産のだと言う大きなそら豆をトートバッグから無造作に手づかみで出すと、両端をナイフで切り、徐に網の上で焼き始めた。
ばらばらと無秩序に置かれた二十莢ほどのそら豆は、たくさん並んだ狂った方位磁石のようだった。
その人はトングを使い、北を南にしたり、東を北にしたり、あるいは裏返したりしながら、地球の磁極を自在に操った。
陽で熱くなった岩にそれぞれ座り、平和な笑みを浮かべながら磁極が落ち着くのを待った。



sora.jpg



そろそろかな、とその人は言って、かりかりの黒焦げになったそら豆をトングを使ってまな板に並べ、隅にヒマラヤ産だとか言うピンクの粗塩を盛り、僕たちに差し出した。
火傷しそうに熱い莢を手に取り、筋にそって割くと、エメラルドグリーンのつやつやとした豆が湯気とともに顔を出す。ひとつをつまんでピンクの結晶をつけて口に放り込む。噛み締めると、ふわっとした甘みが口中にひろがった。
豆は、自身のもつ新鮮で豊富な水分によってしっとりと蒸し上がり、炭化した皮の香ばしさもほんのりと移っていて、まさに絶品だった。
こうやって食べるのが一番うまいんだよ、とその人は言った。
たしかに。異論無い。というようなことを僕たちは口々に言った。豆があまり好きではないという男もあまりの美味しさに絶句していた。
僕たちは競うようにしてそら豆に手を伸ばした。こんなにも夢中になって何かを食べることはあまり記憶になかった。

ぐつぐつ言っていた飯盒が静かになった。火から遠ざけ、カレー鍋にはルーを割り入れる。カレーをレードルでかき回しながら、さっきのそら豆の味をずっと思い出していた。おそらくこれから先、あのそら豆の味を忘れることはないだろうなと思っていた。




 

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